きっかけの話

人間の価値観とか認識ってホント適当なもんで、何かのきっかけでサクッと見え方捉え方が変わってしまいます。
二次元幼女こそ至高だろとか言ってる童貞野郎をソープランドに放り込んでみたら、虚ろな目で「巨乳お姉さんのおっぱい……」なんて呟きながらニヤニヤするヤバいヤツにクラスチェンジしちゃった、なんてのは面白すぎる事例だとしても(茶畑の友人Sです)。
ただ、良くも悪くもそういう出会いが多い人生ってのは、それだけで豊かなんじゃないかと思います。
私も二次元エンタメ関連だとそういう経験多いですが、『さかしき人にみるこころ』で私が眼鏡っ子に目覚めた話をしてもあまり面白くないので、今日は私がこういうサイトを運営するに至った経緯みたいなのをつらつら書いてみようかと思います。
なお、そのテーマ設定によりこの記事が面白くなってるとか、そういうことはありません。

今をさかのぼること30年弱、幼稚園に上がるかどうかって時期に、母から日記帳を買い与えられました。
日記を書くことにより文字を覚え、日本語の読み書きを学ぶことを促されたわけです。
日記帳をもらって嬉しかった記憶はありますが、まさかそれが呪いのアイテムだったとは思いもよらず、ひらがながちゃんと書けなくて叱られ、文法が間違っていて叱られ、日記自体の印象は最悪でした。
恐らく「叱る」なんてハードなものではなかったはずですが、書いては訂正されるという反復が自己否定のように感じられて不快だったのでしょう、そんな印象が強いです。
そして小学校に上がり、一番嫌いな宿題は読書感想文、次点で作文。
そのせいで「原稿用紙=拷問器具」という図式が脳に刷り込まれ、あの茶色い罫線を見るだけで拒否反応ってのは今も変わりません。
もうね、あの紙ホント嫌い。
とはいえ、ここ10年はまともに使ったこともありませんけれども。
今になって思えば、あの頃の「原稿用紙〇枚以上」って宿題の出し方が、とにかく文字数を多く書けばいいんだ! っていう変な価値観の始まりなのでは? なんて思ったりもします。
ある程度の年齢相応の国語力を身に着ければ、文字数増やすだけならどうとでも出来るようになります。
そういえば大学のレポートも「〇千文字以上」とか条件付いたりしますよね。
同じ内容をより少ない文字で伝える技術、価値ってのを学ぶ機会がないせいで、一大スペクタクル巨編かってくらいの長文ビジネスメールを送ってくる困ったちゃんが生まれてしまうのかもしれません。

話が逸れました。
そういう具合に着々と作文嫌いの子供がまた一人生まれつつあったわけですが、小学校の中~高学年くらいの頃、一つ出会いがありました。
当時、世間で一世を風靡していた怪番組『電波少年』。
あれを毎週予約録画しては翌日に視聴させるという英才教育を、母が私に施しておりました。
その中で、様々な拷問的企画に苦しむ売れない芸人やタレントがその時々で何を感じ何を思っていたか日記に記し、それを画面上にも表示してある時は笑いを誘い、ある時はより悲壮感を深めるという同番組特有の演出がありました。
特に秀逸だったのが伝説的企画『電波少年的懸賞生活』の被害者、なすび氏の日記。
書籍化されベストセラーにもなったので、私と同世代以上の方なら記憶にある方もいらっしゃるかもしれません。
あれを読んだ時に価値観がひっくり返りました。
文章ってこんな自由に書いていいんだ! という気付きのあの感動・衝撃たるや。
なすび氏が作文嫌いになりかけていた小学生を一人救ったわけです。
逆にいえば、なすび氏があの拷問的な基本的人権に対する破廉恥なる反逆みたいな企画に参画していなかったら、このサイトが立ち上がっていなかった可能性すらあります。
まあ、それで世の中にどう影響するかと言えば、確実に全く影響はないのですけれど、少なくとも私の人生は結構変わっていたかもしれません。
なお、なすび氏に大いに影響を受けた私は、その後しばらくかなりラフでカジュアルな文体に傾倒し、担任の教師氏から赤入れを多数いただくことになるわけですが、あえて言わせてもらうならば、だから日本の教育はダメなんだよっていう、……純然たる自己正当化ですけれども。

その後、中学時代は無難にやり過ごし(市の教育委員会の新聞に載せる生徒作文の持ち回りが来たからと、人に余計な仕事押し付けたあげくその期の評価4にしやがった中二の時のあの国語教師(クソ貧乳のI上)だけは未だに許しません)、私も高校生に。
ここでもう一つ転機がありまして、小中学校とずっとため続けた貯金を放出してノートPCを購入したのです。
これを使って、当時所属していた部のサイトを作りました。
当時風にいうならば「学校闇サイト」的なやつです。
コンテンツは、部員達の日記と日々のネタ写真。
これ書くのが楽しくて楽しくて。
私の文章にクセがあるとすれば(自覚できない)、恐らくこの時期に染み付いてしまったものだと思います。
あと、このサイトが地味にヒットしまして、最盛期は500PV/日くらいのアクセスを稼いでいました。
私の日記はだいたい100PV/日アクセス、すんごい頑張っても200とかでしたが……。

そして最後の転機があるレビューサイトとの出会いです。
今は諸々の事情で更新停止して跡地になってしまっていますが、私がアダルトPCゲームを始めてからすぐに通い始めた『ドクター伽羅のPCゲームクリニック(http://www.pc-game-clinic.net/)』というサイト。
10年以上アダルトPCゲームを遊んでいる方ならご存じかもしれません。
このサイトにうちも大変大きな影響を受けています。
というかこのサイトの前身のブログは、テキスト部分の構成ほぼそのまんま使ってましたし。
とにかく、このサイトを見て若かりし日の私はいつか自分もこんなサイト作る、とか決意したわけです。
そして紆余曲折経て現在に至る、と。

いろいろ思うところはありますが、一番はやはりもっと早く始めればよかったなってところです。
単純な話、1本やった人、10本やった人、100本やった人がそれぞれ感想書いたとして、やっぱ100本の人の方が説得力あるでしょ? みたいなことをその昔は考えていて、結局始めたのは200本くらいやった頃でした。
そのころまでは数えてたんですよ、いちいちやった本数。
今になって思えば、何の意味もない数字でした。
結局、その作品の何が良くて何が悪くてその人がどう思い何を感じたか書いてあることが肝要で、それに対して消費本数なんてのは何の裏付けにもなりません。
もちろん、他作品とのある程度の相対化は効果的かもしれませんが。
もし叶うのならば、一本目から全部感想書いている人のサイトとか覗きに行きたいです。
一人のユーザーの感性がどう変化していくかっていうとんでもなく貴重な資料になる事でしょう。
Twitterにはそんな人もいるかもしれませんが、Twitterは検索性がホント悪いので、やっぱりブログなりサイトなり作ってもらってまとめて読めたら楽で嬉しいです。

この先もいろいろあると思います。
何かとんでもない経験をして貧乳ロリに目覚める未来とか、ありえないとも言い切れないわけですから。
先々自分がどうなるか分からない、という前提で生きた方が変化に対しては柔軟かと思います。
というわけで、人生何がどう影響してどうなるか分からないもんですって話でした。

追記

もしサイトとかブログ作りたいよって人、いらっしゃいましたらお気軽にお声がけください。
全く戦力にはなりませんが、これやったら失敗するよって経験は多いので、転ばぬ先の杖くらいにはなれるかと思います。

2020.03.21