積みゲー賽の河原



信天翁航海録

いい感じでぶっ飛んでます。少なくとも、ここまで徹底してクズな主人公は久しく見ていません。歴史上には数々のヘタレ、クズ主人公がいましたが、彼らを見ていると非常に腹が立ちます。その一方で本作の主人公、朔屋直正は一味違います。彼は徹頭徹尾完膚なきまでにクズです。先人たちのように中途半端に格好つけようなどとは考えません。彼は彼自身、正しく自身がクズであると自覚しているのです。もうここまで来ると救いようがなく、そしてここまで来るとある種の清々しささえ感じられるから不思議。

また、そのほかの登場キャラクターも、大概ぶっ飛んでます。よく「個性的なキャラクター」「濃いキャラクター」といううたい文句で売り出している作品がありますが、ああいうのってほとんどはどこかで見たことあるようなキャラクターばかりで、特に学園物だったりするとある種テンプレ化が進んでいるようにさえ思います。「萌え要素」の「データベース」から要素を抜き出して組み合わせることによってキャラクターの萌えは作り出されている、と言ったのは東浩紀でしたが、現在の萌えゲーっていうのはホントそれしか考えてないんじゃないかと、売れそうなオーラを全く放たない萌えゲーを一本だけ作っては消えていくブランドを見るたびに思わされます。話がそれました。本作はそういった既視感とは全くの無縁です。本当にみんな頭おかしいので。美少女ゲームのヒロインっていうのは、まあとりあえずは美少女なわけですから、最低限踏み外さないラインっていうものがあるかと思います。ですが本作のヒロインたちは、そのラインを全力で踏越えて行くといいますか、むしろそんなのスタートラインですらなかったのではないかと疑いたくなるほどにはっちゃけてます。人としての汚い部分とでも言いましょうか。物質的にも精神的にも、それこそ百年の恋も冷めてしまうような、キャラクターの魅力を徒に失わせるような部分っていうのが、しかしここでは描かれています。ただひたすらに綺麗な水の中で魚は生きていくことはできません。同様に、ただ綺麗な面だけを描いていても、キャラクターの魅力は伝わりません。本作ではまさに、昨今の過剰な萌えへの偏重に突き進む「萌えゲー」というジャンルに対するアンチテーゼのようなキャラクターメイキングがなされているといっても過言ではないでしょう。

このブランドにおける最大の魅力として、その独特なテキストが挙げられるかと思います。アドベンチャー形式のゲームでは、地の文が極力省かれます。当然、テキストは会話が中心となり、情景描写等はほぼ無くなります。一方ビジュアルノベル形式のゲームは、地の文がわりとしっかり書かれます。そしてこのブランドが作るゲームはビジュアルノベル形式であり、圧倒的に小説です。もうほとんどそのまんま書籍化してもいけるんじゃないかってくらい小説です。シナリオの希氏は、テキストの後ろに表示されるグラフィックを挿絵程度にも思っていないのではないかと疑うほどに。またその文体が濃いです。この独特な文体っていうのは、ビジュアルノベルにすると本当に不思議な雰囲気を醸し出して、なんというべきなのか。分類するならば間違いなく読みづらいカテゴリに入ると思います。読みづらいのだけれど読まされてしまう、本当に不思議な感覚です。また、たまに入る小ネタの出元が面白い。流行りのアニメやマンガのパロディネタを挟んだりするのはよく見かけますが、この作品の場合半世紀近く前の文学作品だったりします。こんなもんGoogle先生に聞かなければ絶対に元ネタ分かりませんて。

まさか全員のバッドEND後からTUREルート突入とは思いませんでした。しかし、世界中に散り散りのメンバーたちに、やっぱりあの船以外に行き場などなく、みんなが集まっていくシーンはもうワクワクしてしょうがなかったです。あの一人ずつ集まっていく演出っていうのは、アニメの最終回のラストで最初期の、ないし一番人気のあった主題歌流すくらいの反則だと思います。あの世界観に関しても、ちょっとしたミスリードといってもいいのでしょうか。そのあたりの設定をもっとSF方向に持っていったら、それはそれで面白かったかも。SF語れるほどSFちゃんとやってるわけじゃないんで、そのあたりはなんとも言えませんが。