こいびとどうしですることぜんぶ 感想

実にとんでもないものを作ったものです。
フルプライスでヒロイン一人、しかも付き合い始めるところからスタートという、ありそうでなかったというか恐ろしくて誰もできなかったことをやってのけたのが本作です。
ここまでやってしまうと、ヒロインの合う合わないがすなわち三振かホームランかに直結してしまいます。
それは製作側も覚悟の上だったようで、食いついたユーザーはとことんハマるように作られている印象を受けました。
ヒロイン数人に労力を分散させるのではなく、全てたった一人に徹底的に注力した、実に意欲的な作品です。
これ以上に体験版が重要になる作品もなかなかないでしょうね。

物語は二人が付き合いだすところからのスタートということで、延々とダラダラとした幸せ空間が垂れ流されるのではないかという懸念があったのですが、いらぬ心配だったようです。
思った以上に中だるみがなく、しっかりと物語を展開しています。
行動力はあるもののやや詰めの甘い主人公と意外にいろいろ不器用なヒロインが、周りの人間に助けられつつ力を合わせて頑張る姿は見ていて気持ちのいいものでした。
二人でどうしたいか決めて、その実現のためにじゃあどういう行動を起こしていくか。
それに伴う障害は何か。
ちゃんと二人の目線に立って、現実と向き合えていると思います。
ややご都合主義的な展開もありますが、それでも二人の立場というものをライターがしっかりと噛み砕いて消化できているため、あまりイラっとくるものではありません。

私の一番のツボだった主人公の親友・羽合航路が実にいい仕事をしています。
ハワイ大好き両親の悪ノリの末に生まれてきたすごいやつです。
ただでさえ名前があれな上に、ハワイに関する英才教育を受けて育ったという逸材です。
彼の前では若干霞んでしまいますが、同じく主人公の親友つかさ、担任のチカぽんもいい味出してます。
それでいてなんで攻略対象じゃないんだと文句は出ないのですから、なんとも絶妙なバランス。
おおよそ誰かの悪意というものが主人公達を邪魔するということはありませんが、出来ることと出来ないことというのは確かに存在します。
それとある程度の現実的な手段を持って戦うというのも本作の醍醐味です。
そこで助けてくれるのがこの脇役たち。
明確に脇役として作られ、描かれているからこそ、それが結果にあらわています。

ヒロインを一人に絞るということで、(製作サイド的に)玖羽の背負うものというのは大変大きなものですが、彼女はその小柄な体で頑張ってます。
企画の方が冒険しているだけあって、ヒロインは割と万人受けする感じの、健気でかわいい女の子然とした、ストロングスタイルの美少女です。
そのせいで他作品のヒロインと比べると、確かに外見的にパッとしない部分がありますが、むしろそれで正解だったのだと思います。
パッケージを見た瞬間のインパクトは確かに大事です。
しかし本作のポイントはヒロインそのものではなくヒロインの見せ方なのです。
外見的に分かりやすくしすぎるとキャラクターがむき出しの記号の集合体になってしまいますので、どこまでも薄っぺらくなってしまい、本作の意図するところからは遠ざかってしまっていたでしょう。
分かりやすい記号的集合による個性ではなく、物語を展開していく上で掘り下げられていく個性で本作は勝負を仕掛けたのです。
そしてそれは結果的に大成功だったように感じます。

何せこの手の典型的な「守ってあげたい女の子」が嫌いな私が夢中になったくらいですし。
初見ではそこまで興味がなくとも、途中から熱を上げていった私のような被害者は決して少なくないはずです。
健気でいい娘なんですよ、本当に。

実に恐ろしい作品でした。
本作を友人にプレイさせたところ「現実が色褪せて見える」と言っておりましたが、概ね同意です。
ただかわいいヒロインを出してワイワイやらせとけばいいんだろという学園モノのお約束に一捻り加えただけでここまでのものに化けるのです。
また企画の独自性だけではなく、確かなスタッフの力も随所に感じます。
何せヒロインは一人で、シナリオもエンディングが二つあるとはいえ、9割方一本道です。
それでいて中だるみを感じないのですから、もしかしたらこれはライターの技量ありきの企画だったのかもしれません。
一歩間違えば延々とダルいだけのシナリオをプレイし続けなければならない諸刃の剣を上手く料理しています。
ほぼネタは出尽くしたと思っていた学園モノにもまだまだ可能性は眠っていると感じることのできる一本でした。