花散峪山人考 感想

RailSoftはブランド買いです。
パッケージからドス黒さがにじみ出てます。
FC通販で購入するとRail過去三作のベストサントラが特典で付きます。
ずっとここのサントラは欲しいと思っていただけに感激です。
予約特典の本作自体のサントラと合わせて一気にBGM網羅、となればよかったのですが、過去三作の方は一作あたり数曲ずつしか入っていません。
本作の分は全曲入っていただけに惜しいです。
過去分も全曲入り作ってくれれば間違いなく買います。
どうも望みは薄そうですが。

今回も希氏のテキストは健在です。
癖が強い分ハマると病み付きになること間違いなしでしょう。
かく言う私もすっかり中毒です。
ですが今回は、これまでと少々毛の色が違うように感じます。
過去三作においては希氏のテキストを楽しむために日常シーンを多々挿入していたのに対し、本作はそんなものすっ飛ばして物語がどんどん先に進んでいきます。
その要因となっているのが、伊波の強烈な目的意識です。
とにかく復讐、寝ても覚めても復讐、復讐また復讐と、彼の頭にはそれしかありません。
昨日と同じ今日を過ごすくらいなら、その一日を使って仇を殺しにいこうというのが彼の発想です。
そんな刹那的な生き方が全体にスピード感を与え、その展開の中でもしっかりと希氏のテキストは味わえるという濃密さが、世界観への吸引力になります。
時間を忘れて惹き込まれました。
とにかく次が気になって仕方ありません。

私がここまで本作に惹き込まれた理由の一つに、伊波の怒りへの共感があります。
それを象徴しているのが次の一節です。
「幸せ?安寧?かけがえのない日常?そんなものなど伊波にとっては反吐が出そうな程に気持ちが悪い。
」学園萌え系作品で特に描かれることの多い、ヒロインたちがダラダラと何の生産性もなくお互いのキャラをくどいくらいに強調しあうだけの不毛な日常。
恋人同士になった後にすることがないものだから、今日日少女漫画でも使い古されすぎて使わないようなお約束どおりの、イチャラブなるおぞましい響きのイベント群。
これらが延々と何の工夫もなくコピーされ続ける。
それに対する強烈なアンチテーゼです。
伊波に言わせれば全く持って見当違いな共感なのかもしれませんが、私には彼の怒りがそう響きました。
常々感じていた鬱憤が共鳴して噴出しました。
そもそも何もない日常風景を色鮮やかに描き出すには、卓越した観察眼、筆の力が必要です。
それなしに描かれる日常というのは結局、どこかで見た昨日のような日常にすぎません。
何の新鮮味も驚きももたらしてはくれません。
萌え系作品なんていうのは所詮ヒロインさえ良ければ全てが許されます。
ですが、そういう何の新鮮味も驚きももたらしてくれない作り手が、魅力的なヒロインを創造できるかというと甚だ疑問です。
そういう私の怒りの琴線に、伊波の生き様が触れました。

触れるもの全てをぶち壊し理不尽な暴力を撒き散らす姿はまさに修羅。
復讐という目的が強烈すぎて、本当に伊波にはそれしかありません。
彼に復讐のその先の未来はないのです。
伊波が自らの命そこまでと、復讐を、山人の根絶を目指す物語は痛快そのもの。
一方で、そのあおりを食らうのがヒロインたちです。
リンドウ以外の悲惨さは、もう何でお前ら出てきたんだよってくらいの、それはそれは酷いもので。
京香なんて何の幸せもないですよこの人。
伊波ですら一時でも幸せの味を知っていたというのに、京香の人生ときたら。
よくよく考えると本作、登場人物が一部を除いて不幸な人たちばかり出てきます。
不幸な人たちがのたうち回るのを見て楽しんでる私、と考えると私が外道みたいでちょっと嫌な気持ちになります。
面白いものは面白いのだから仕方ありません。

とにかく濃い作品でした。
そしてそれに見合うだけの壮絶な結末に、絶妙に余韻を残していくラスト。
背後に民俗学という強固な柱があるおかげで世界観の充実ぶりも目を見張るものがあります。
作品として面白いのはもちろんのこと、それ以上にただただすごかったです。
ただ一つだけ残念なのは、人に薦めるにはクセが強すぎること。
こんなに面白いものがあるのに、人に薦めるには少し気が引ける。
そんなもどかしさすら魅力の一本でした。