命のスペア 感想

本来ならばこの手のお涙頂戴的タイトルには手を出さないのですが、ライターの中島氏による『働く大人の恋愛事情』が非常に良かったので本作には手を出してみました。
その昔、適当な知恵遅れのヒロインを奇跡的超常現象で殺した後に、再び奇跡的超常現象で生き返らせたりしなかったりすればそれっぽいkey作品になるよ、なんて暴言を吐いて友人とケンカしたことがあります。
今は言いません。
お涙頂戴は抜きにしても、テキストのみで笑いが取れる麻枝准はやっぱりすごいのです。

脱線しました。
iPS細胞により再生医療の研究が日夜進む昨今において、いつかは無視できなくなるわりと重いテーマを取り扱っている本作です。
クローン技術の応用で作られた臓器の、果たしてどこから人格が認められるのかは未だ結論を見ない人道的命題です。
例えばiPSの技術を使って心臓単体を作り出す事はOKだとしたら、では同じ単体の臓器である脳の場合はどうなのか、といった具合です。
本作の場合、ずばりそのままクローンを作ってしまっていて、かつ対象が心臓なので移植すなわち死ですから、この内容をよりクローズアップした形をとります。
あれ、これわりと本気で社会派なんじゃね?っていう。

ストーリー的には非常に満足度高いです。
一番興醒めは、何らかの奇跡が起きて主人公もヒロインも助かってしまうパターンでしたが、さすがにそれはありませんでした。
これでヒロインは妹の心臓使って、ついでに主人公のクソみたいな父親が「最後くらいは父親らしいことを」みたいなノリで心臓提供してきたらテーマブレブレですやん、てなりますもん。

主人公達が残りの命と向き合って、受け入れて、綺麗に死んでいきました。
彼らのメンタルはあまりに年齢不相応ですが、しかしそれぞれが一人で余命と向き合ってその境地へ至れたかといえばきっとそんな事は無かったと思いますので、二人セットで描いた意味はあったと感じられます。
選択肢無しでたった一つのエンディングに向かっていく構成も、終わってみればこれ以外ありえないなと納得です。

作中で生死を扱うというのは、よくある手だからこそ難しいように思います。
重く扱いすぎれば冗長で鬱屈した雰囲気を引きずりますし、かといって簡単に殺してしまうとその意味が薄れます。
そのあたりの加減を、特に軽い方に間違えて安っぽくなることが多いので、冒頭述べたとおりお涙頂戴的な作品は好みません。
しかしながら本作は死によって物語を描ききり、テーマを見失わずやりきったという点で非常に満足度が高いです。

ラストが綺麗なだけに留まらず、いろいろと感じ考えさせられる作品として、ここ数年でも強く記憶に残る一本でした。

2017.08.17