ADVとビジュアルノベル、ノベルゲーという呼称について

ADV形式のゲームをノベルゲームと言うアフォは滅びていただきたい。いや、百歩譲って存在するのは許すとして、通ぶってアダルトPCゲームについて語るのはやめていただきたい。利いた風な口をきくのはやめていただきたい。それらは明確に区別されるべきものだと考えます。

AVD形式に明確な定義はありませんが、概ねテキストを読み進めて何らかの選択によりストーリーを分岐させるゲームの形式、ぐらいには括る事ができるのではないかと思います。この時点で小説とは一線を画します。マルチエンディングによりたった一つの結末を描けないという点でゲームは小説に劣る、と言ったのは大塚英志だったでしょうか。
一方で、ADVのバリエーションとしてヴィジュアルノベルというカテゴリがあります。通常のADVと比較し、画面全体を使ってテキストを表示する分、情景描写等のいわゆる地の文が多くなる傾向になります。あの頃のLeafは偉大でした。その名の通りテキストは一層小説に近づきますが、絵が付く音がつく声が付くこれを、やはり小説とは呼びたくありません。

さて本題。ADVが小説とは一線を画する可能性を持っていると世に示した作品が『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』でした。セーブとロードを駆使しゲームクリアを目指すプレイヤーの視点をゲームシステムに巧みに組み込んだ紛う事なき傑作です。同様に、二つのセーブデータで二人の主人公の視点を巧みに用い、一つの物語を描き出して見せた『EVE burst error』も、ADVというシステムの可能性を感じさせてくれた傑作でした。このあたりをプレイすれば分かるはずなのです。ADVをノベルゲームなどと呼ぼうなんていうのは明確に誤りであるということが。

ネット上にはどんな分野でも半可通が跋扈していますが、それが透けて見えると気分の良いものではありません。しかし、私よりも遥かに精通した本物が山ほどいるのも確かです。上を見上げるのは気分が良いものですが、自分以上の半可通を見るのは嫌なのです。誰しもそんな事あると思います。まあきっと、同属嫌悪なのでしょうけど。